「秋はおセンチ」なんて言葉を、子供の頃、どういう意味かな、なんて思ったものだ。
この病気になり、薬でだいぶ調子はいいものの、
ふと、身体と気分が重い、と気づくと、この彼岸の季節だったり、衣替えの季節だったりする。
「季節の変わり目」なんだ。
そうか、「センチ」になるのは、なんとなく、じゃなく、普通の病気じゃない人にも
気温の変化の大きな1日を過ごすのは、もしかして心の負担になっているかもな、と思った。
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先日、元ダンナが泊まっていって(といっても何をどう、ということもなく)
夜中に、ひどく咳き込んで、二人で目が覚めた。
翌日、医者に行ったかな、と心配になり、
また家に来た元ダンナに、問い詰めたら
「忙しいのでそんな暇はない!」
と、へそ曲がりの元ダンナの機嫌はひどく損なわれた。
それでも、彼の父系は、喘息持ちだし、煙草をすうから、肺癌も怖いし、
無呼吸症候群じゃないか、と前から医者に行け、と言っているし、
とにかく職場は命に補償なんかしてくれない、命とどっちが大事なのか、と負けじと頑張ったが、
ますますへそを曲げられた。
そうなると、もう、険悪に、口もきかない。
医者に行かないのは、気が小さいところもあるのかなぁ、
そんなに仕事が大事なのかな、
翌日、風呂につかりながら、一人考えた。
「死にたくなかったら病院へ行け」
いや。元ダンナは、別にいつ死んでもいいや、と思って人生を過ごしている気がした。
そしたら、無性に悲しく、虚しくなった。
そうさせたのは、私だ。
彼には家族もない、守るべき大事なものもなにもない。
生きていてもいいことも、何も無い。
私にはとりあえず母がいる。元ダンナもいる。
小さな、灯みたいな掌の幸せを持っている気がする。
でも、元ダンナにはきっとそれがない、というか、彼はそれを実感できずに生きている気がした。
そうしたのは、私だ。
どうしようもない。
償いようもない。
そうしたのは、私だ。